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なんとなしに読むと気づくことが多い

書籍を電子化することは、部屋の整理をすることに似ています。かつて読んだ本について、すっかり買ったことさえ忘れているのにある日また巡り会う。本当は電子化しようとどの本から…と物色していたのが、その本を手に読みふけってしまうなんて事も結構あります。

本田宗一郎さんが思ったことなどを書かれているのですが、何かのおりに読み返すと気づかされることがたくさんあります。

あるとき牧場で、牛の耳はどこにあるのかと聞いてたら、毎日世話しているのに牧場の連中は知らないんです。それから、東京へ帰ってきて、友達の絵描きさんに聞いたら、鉛筆を貸せと言って、チョッチョッと書くんです。角が上で、下に耳がある。角のちょっと後ろに耳があるんだよ、というんです。 ボクはびっくりしたな。同じ牛を見るのにも、目的が違うと、見ているところがこんなに違うものかと思いました。 これと同じように、世の中には知っているようで、本当の細かいところは何もわかっていないと言うことがよくある。絵を描くようになって初めてわかったんです。

これは「牛の耳」というタイトルの話ですが、このようなシャーロックホームズ的に言うとみている事と観察していることの違いについて他にも幾つか言及されています。

システムを開発していると、ある意味日常茶飯事のことなのですが、対象となるものを観察すると言うことは、こういうことなのだと思います。以下にディテールを理解しているか。もっと正確に言うと、ディテールを理解する必要があることを認識しているかですね。

業務の内容は担当者に聞けばそれでわかると言うことを言うエンジニアが居ますが、おそらく半分は正しくて半分は間違えていると思います。担当者は業務を知っているでしょうが、必ずしも理解しているわけではなく、また説明できるとは限らないからです。

自分が理解し、人に説明する。説明したことを納得し理解してもらうことがシステムを開発するスタート地点になるように思います。どうにも、このところをすっ飛ばして話を進めることが多いので、うまくいかないことが多い気がします。